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津山藩主森家

可成の跡は次男長可で、長可の後は末弟の森美作守忠政が継ぎ、美作国主となります(18万6500石)。しかし、元禄10年に美作守長成死去後、養子の式部衆利は発狂し、無嗣断絶となります。
津山藩主森家

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歴代当主 西暦 主な出来事 備考

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1600 慶長5年2月6日
森忠政、徳川家康より美作一国18万6500石余を拝領する。
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1604
慶長9年
津山城の築城を開始
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1610
慶長15年
関兵助生まれる(後の2代藩主・森長継)
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1611 慶長16年
森忠政、名古屋城普請の御手伝を命じられる
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1613 慶長17年
森忠政、京都御所造営普請の御手伝を命じられる
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1614 慶長18年
森忠政、大阪冬の陣に出陣
江戸城石垣の普請を命じられる
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1615 慶長19年(元和元年)
大阪夏の陣
森忠政、徳川方に出陣。豊臣家滅亡
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1616 元和2年
森忠政、徳川家康より愛染國俊の脇差、大名物・青木肩衝、銀つくりの鉄砲2挺を拝領する(森家大系図には慶長8年)

この年、津山城が完成
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1618 元和4年4月
森忠政、日光東照宮に石籠1対を献納する。
史跡
1619 森忠政、広島城主・福島正則改易に伴い、広島城の請取を命ぜられる .
1624
寛永元年
森忠政、大坂城の石垣普請を命じられる
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1628 寛永5年
森忠政、再び大坂城の石垣普請を命じられる
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1634
寛永11年7月7日
森忠政、将軍家光上洛の準備で滞在中の京都で没する
Blog
1635 寛永12年1月27日
森長継、池田備中守長幸女と婚姻
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1636 寛永13年1月
森長継、江戸城の普請を命ぜられ・市ヶ谷見附を造営する
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1637 寛永14年
島原の乱
森長継、島原の乱鎮圧のため、出陣を命じられる
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1638 寛永15年4月12日
松倉勝家が島原の乱により所領を没収されて、森長継に預けられる。
Blog

B



1645 正保2年1月23日
長継の3男・森長武、江戸で生まれる
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1651 慶安4年4月
森長継、上野東照宮に銅燈籠1対を献納する。
史跡
1659
万治2年
森長継、江戸城本丸と二の丸の山里石垣の普請を命じられる
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C



1671
寛文11年4月5日
森万右衛門生まれる(後の4代藩主・森長成)
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1673 延宝元年
森大助生まれる(長継の9男、後の森衆利)
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1674 延宝2年2月28日
森万右衛門の父・森忠継、津山で没。
4月26日森長武が3代藩主となり、12月27日従四位下に叙任。

万右衛門は長武の養子となる
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1677 延宝5年4月11日
森万右衛門(後の長成)、はじめて将軍家綱に拝謁する
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1681
延宝9年4月14日
長武、領地への帰国に際して将軍綱吉より濃州志津の刀と時服を拝領する
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1683 天和3年7月7日
森忠政50回忌法要を行う。菩提寺龍雲寺を本源寺に改名する。
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1684 貞享元年4月26日
森長武、増上寺火番を勤める
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1686 貞享3年3月18日
長継9男・森大助、関家臣・関衆之の養子となる
4月23日
森長武、再び増上寺火番を勤める
5月27日

森長成、長継の命により4代藩主となり、12月27日従四位下美作守に叙任。
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1689 元禄2年4月26日
森長成、長門長府藩主毛利綱元の長女、元子と婚姻。
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1693 元禄6年5月16日
森長成、湯島聖堂の火番を勤める
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1695 元禄8年10月
長成、武蔵中野村に犬屋敷の造営を命じられる。
史跡
1696 元禄9年5月18日
3代藩主・森長武、江戸で没
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1697 元禄10年6月20日
4代藩主・森長成、江戸で没
7月11日
将軍拝謁で参府途中の桑名で、継嗣の森衆利が乱心
8月2日
無嗣断絶が決まり、津山藩の改易が裁定。江戸藩邸の返納を命じられる。
森長継には養老料として備中西江原に2万石が与えられ、衆利は長継に預けられる。
10月
幕府上使・田村右京太夫によって津山城が受け渡され、廣島藩主浅野綱長が城を預かる。
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1698 元禄11年7月11日
森長継、西江原藩江戸屋敷で没。
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 ※出典:森家史料調査会編「森一族の呼称について」2004年版